2015年2月9日月曜日

京都 絶景庭園へのススメ

最近女性自身のウェブサイトで「京都 絶景庭園へのススメ」というコラムを連載しています。
この庭園小噺での話もいくつかベースにし、お勧めの京都の庭の見所や歴史、エピソード、また近くのカフェやお店などを紹介しています。
どうぞご覧くださいね。

女性自身ウェブサイトのリンク↓
京都 絶景庭園へのススメ

東福寺 重森三玲の庭

2013年7月20日土曜日

フランスは菜園も芸術品 「ポタジェ」

フランスは菜園までもお洒落で美しい。

イギリスの菜園では畝は直列、生産性を第一に考えた「機能性」重視のデザインだ。
しかしフランスでは単に野菜を育てるだけでなく「装飾性」も兼ね備えた菜園が多い。
そういった「美しくデザインされた菜園」のことをフランス語で「ポタジェ Potager」という。
ん?ポタージュスープ??
そう、「ポタジェ」で作られた野菜を使ったスープなので「ポタージュスープ」という。

ヨーロッパでの「装飾菜園」のルーツは修道院にある。野菜やハーブは自給自足の手段として修道士によって作られていた。
それが美しい「庭」として発展したのがフランスの「ポタジェ」。なので花を一緒に植えたり、装飾的な野菜を育てたりするのでとても美しい

ポタジェが美しいことで有名な庭園がパリ郊外のお城にある。
パリから電車で2時間、ロワール川流域にたつヴィランドリー城。
1536年に建造されたルネッサンス様式の美しい古城であるが、お城よりもここのポタジェが有名で観光客もそれを目当てに訪れる。

一度は荒廃したここの庭を、残っていた設計図から元のイタリア庭園と美しい装飾庭園へと作り変えた。20世紀になってこの城を所有したオーナー一族の努力の賜物だ。
ポタジェのデザインは毎年変わり、それぞれの季節によっても育てるものを変えている。デザインはかなり凝った幾何学模様。とても真似は出来ないけれど、畑の周りにお花を植えるとカラフルでとても可愛い。
今年の夏はポタジェ風の家庭菜園にしてみてはいかがでしょう。


2013年7月2日火曜日

三室戸寺の蓮と現世の極楽浄土の厳しさ The lotus flower at Mimuroto-ji Temple

紫陽花の名所として知られる宇治の三室戸寺。770年に光仁天皇の勅願によって創建されたとされる山の中の自然に溢れた寺である。
紫陽花は有名過ぎてすごい人なので、あえて7月を待って蓮の花を見に行く。ここには100種類もの蓮があり、ピンクだけでなく白や八重のものも見る事が出来る。八重の蓮は芍薬の花のようなすごいボリューム。個人的には普通の蓮の方が儚げで良いと思う。
本堂の前に咲き誇る蓮の景色はまるで極楽浄土のようで美しい。本堂から流れてくるお香の匂いも相いまって、古来日本人がイメージする天国とはきっとこんな風景なのだろう…としばしゆったりとした空間に癒される。蓮には何か不思議な力が宿っているのだろうか。高尚な気持ちになる。

しかしその静寂を破る大音量で「外で食事は食べないでくださぁい!」とアナウンスが!なぬ!?こ、これは何事…??広い敷地に流れる、注意を促した場内アナウンスがすごいのだ。次々と「三脚で写真は撮らないでくださぁい!」「見学者の邪魔にならないように写真は撮ってくださぁぁい!」。不定期に流れるので誰か個人に向けて流しているようだ。特に昼時だったので、食べないでくださぁーい!が何度も流れる。
人身蛇頭の「宇賀神 (うがじん)」のユーモラスなお顔も、このアナウンスに辟易としているように見えてくる。(宇賀神:日本神話に登場する宇迦之御魂神(うかのみたま)に由来するものと一般的には考えられている。仏教語で「財施」を意味する「宇迦耶(うがや)」に由来するという説もある。偶然にも私の名前と同じ「うがや」で驚いた。)

常に見張られてる感が怖くなって足早にその場を去り、紫陽花園も素早く通り抜けた…
現世の極楽浄土には色々と制約があるようだ。
しかしもちろん紫陽花も綺麗なので、今の季節は蓮と紫陽花の両方の花が楽しめてお得。アナウンスは聞かないようにして、お弁当も持参せず、ひっそりと足早に見てください。
拝観 8時30分〜16時30分。大人500円、小人300円。


It is said the temple was established in 770 by Emperor Kounin. The temple is famous for its hydrangea garden but the lotus flowers are also beautifully blooming in July. There is about 100 different kinds of lotus flowers, pink, white and double one. Of course the hydrangeas are beautiful now so you can enjoy both. Open 8:30 to 16:30. Adult 500yen, children 300yen.

2013年6月22日土曜日

両足院の半夏生 / Ryosoku-in, Saururus chinensis

建仁寺の塔頭である両足院で、半夏生(はんげしょう)の庭を楽しむ特別公開が始まった。(7月10日まで) 
この庭は茶道藪内流の5代目宗匠、藪内竹心紹智(やぶのうち ちくしん じょうち / 1678〜1745年)の作による珍しい庭。彼は藪内家中興の祖といわれ、千利休時代の茶道の在り方への回帰を問うた人。漢詩にも精通したインテリだったようだ。
庭は池泉回遊式と茶庭が融合しており、茶室に向かう道すがら池と山の両方の景を楽しめる。高低差を活かし工夫されたデザインは、庭の狭さを全く感じさせない。
半夏生はドクダミ科の多年草植物。花の周りの葉の表側だけ葉緑素が抜けて白くなる。これは苞や花びらと同じ役目をし、目立たない花の代わりに虫が集まりやすくしている。
暦の半夏生の頃に咲くのでこの名前に、また半分白い葉を「半化粧」と例えたとも言われる。
雨が降った後が特に美しい。
祇園のど真ん中にいるとは思えない、自然に溢れた静かな空間である。

Ryosoku-in is at Kennin-Ji Temple in Gion area where now you are able to see Saururus chinensis flowering until July 10th. The garden was designed by the tea master Tikushin Jochi Yabunouchi in 18th century who was from the Yabunouchi tea family. Saururus chinensis is a prennual plant and Saururaceae family. The flower itself is not so distinctive, so the top leaves around the flower, which is white on the surface plays the role of petals.




仕切り直し

長い間お休みしてすみません。
Facebookの方で京都の庭園や花、美味しいカフェやレストランなどを紹介するページ「Epic Kyoto」を友達と立ち上げ、そちらを中心に情報をあげていました。
同じ内容になりますが、こちらでも京都のお庭について紹介しようと思います。
どうぞよろしくお願いします。


2012年7月11日水曜日

エリザベス1世がイギリス庭園を育んだ?

「イングリッシュガーデン」と呼ばれる色彩豊かで美しいイギリス庭園。
毎年各地でガーデンショーが開かれるほど、今やイギリスを代表する国民的文化の一つである。
有名なイギリス庭園の多くは、ロンドン郊外の元貴族達の邸宅「カントリーハウス」にある。
イギリスにはフランスほど多くの城は存在しない。
そしてイギリスでは城の庭園よりも、カントリーハウスに属した庭の方が数倍手間がかかっていて美しい。

その背景にはエリザベス1世が行った政策がある。

1590年に建てられたお屋敷 (Wakehurst Place)
1485年に「バラ戦争」という貴族達による内戦が終結し、テューダー王朝が誕生する。
テューダー王朝の王権が強化されるとそれまでの城壁や城は必要なくなり、貴族達の住まいは「カッスル(キャッスル)」から「カントリーハウス」に変わっていった。
(イギリス郊外の邸宅に「~カッスル」という名前が多いのはその名残。)
しかし中央集権が進んでも、地方では相変わらず貴族達の影響力は大きく、彼らはロンドン市内の家とは別に郊外に立派な本宅を構えた。


エリザベス1世
1558年、ヘンリー8世の娘エリザベス1世が女王として即位する。
(映画「エリザベス」でケイト・ブランシェットが演じた女王)
彼女もフランスのルイ14世のような絶対君主であったが、巨大な城を造ることはなかった。
しかし自らが造らない代わりに、家臣である貴族達に立派な屋敷を造らせ、自分はそこを泊まり歩いたのだ。

女王は家来を100人以上も連れてくるため、受け入れる側もそれなりの準備をしなければならない。
彼らは女王に気に入られるため、美しい庭と屋敷をせっせと造った。
嫌がらせか?と思うほど何度も訪れる邸宅もあれば、せっかく綺麗に整備しても全く訪れてもらえない所もある。
そうやってエリザベス女王は貴族達に財政的負担を強いらせ、彼らの力を抑制しようとしたのである。

日本では江戸時代、徳川家が中央集権国家をつくるため大名達に「参勤交代」を命じた。
彼らに江戸を往復する旅行をさせることで出費させ、力を弱めようとした。
エリザベス女王はこの反対だ。自ら出掛けて行って、貴族達にもてなさせ、出費させた。

こうした政策のおかげ(?)で、カントリーハウスは立派なものとなり、その庭も豪華になった。
エリザベス1世は図らずしも美しい「イングリッシュガーデン」を育む基盤を作ったのである。
自分をもてなすために造られたガーデンが後世イギリス文化を担うとは、女王も想像していなかったことだろう。
Great Dixterのイングリッシュガーデン



2012年3月8日木曜日

イヴ・サンローランが愛した庭 マジョレル庭園

モロッコのマラケシュに、フランス人の世界的デザイナー、イヴ ・サンローランが愛した庭がある。
マジョレル庭園
「マジョレル庭園(Majorelle Garden)」という、サボテンやパーム、ブーゲンビリアなどのカラフルな花々に囲まれたビビットな色使いの庭園である。
元々はフランス人画家のジャック・マジョレルが1920~30年代に住んでいた家だ。
マジョレルはこの家を鮮やかなブルーに塗った。そしてこのブルーが「マジョレルブルー」という色として呼ばれるようになる。


イヴ・サンローランは1966年、恋人で仕事のパートナー、ピエール・ベルジェと初めてモロッコを旅し、このマジョレル庭園を一目で気に入った。(ベルジェによると旅の最終日には、ホテルが建築されそうになっていたこの家と庭の購入・保全を決めていたらしい)


そして1980年、2人はマジョレル庭園を購入。
なぜモロッコに?と思うが、 イヴ・サンローランは1938年、当時フランス領だったアルジェリアで生まれた。
(アルジェリアはモロッコの隣国。モロッコも当時フランス領であった。)
青年期までアルジェリアで過ごし、その後デザインの学校に入学するためパリに移り住むが、彼の幼少時代の原風景にはアフリカの鮮烈な光と色があったのかもしれない。


イヴ・サンローランの名前はあまりにも有名だが、意外と知られていない面がある。
18歳の若さでディオールに見出され、21歳で主任デザイナーに大抜擢され評判を得る。彼がパリコレで新作を発表した次の日の新聞に「イヴ・サンローランはフランスを救った」と書かれたほどだ。
しかし1960年のアルジェリア独立戦争でフランス軍として徴兵され、ストレスから神経衰弱となり精神病院に収容されてしまう。
完治後ディオールを去り、1962年に自身のブランド「イヴ・サンローラン」を設立。
もし徴兵されず、精神も病んでいなかったら、彼はディオールの1デザイナーで終わっていたかもしれない。
人生は何がきっかけになるかわからないものだ。


イヴ・サンローランはこのモロッコの別荘をこよなく愛した。
パリコレが終わるとすぐこの家に行き休暇を過ごした。アンディ・ウォーホールやミック・ジャガーも招待したという。
そして彼はこのマジョレル庭園から多くのインスピレーションを得る。
彼の最初の作品は黒が多いのだが、カラフルな色を沢山使うようになった。
モロッコの光と色が、彼の原風景を呼び覚ましたのかもしれない。
2002年に引退し、2008年6月1日にガンで死去するまで、彼は殆どの時間をこの家で過ごした。


2008年6月11日、ベルジェによって イヴ・サンローラン の遺灰がマジョレル庭園にまかれた。
ベルジェはこう語っている。
マジョレル庭園にあるイヴ・サンローランのお墓


「彼は人生の多くの時間をモロッコで過ごした。最後には、彼が生まれたマグリブ(モロッコやアルジェリアのこと)へと帰るんだ」


マグリブとはアラビア語で「西方」を意味し、「日が没すること、没するところ」を原義とする言葉でもある。
イヴ・サンローランは日の没する西方浄土へと旅立っていったのかもしれない。
原風景を探しに。